最近、「腸内フローラ」という言葉を耳にする事が多くなってきました。フローラとは花畑の事ですから、一定のグループをつくりながら沢山の種類の花が咲いている花畑になぞらえて、消化管の中で腸内細菌がグループをつくりながら住み着いていることを、「腸内フローラ」と呼ぶようになりました。以前から医学用語では腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)という言葉が使われていました。叢とはくさむらという意味ですが、分かりにくいですし、フローラの方が可愛らしい印象を受けますね。本書は最近話題の腸内フローラについての最新の研究成果をわかりやすく解説しています。また、普段の生活において何を注意すべきかも、明確に提示されています。
本書のタイトルである消化管とは、口から肛門に至る管状の臓器です。口から順に、口腔、食道、胃、小腸、大腸、肛門と名前がついています。腸内フローラとその代謝物、食品、化学物質、薬剤など多彩かつ多数の物質に曝され、消化管は泣いていると筆者は訴えます。胃液の逆流が原因で食道は泣き、ピロリ菌が原因で胃は泣き、ストレスが原因で腸が泣いているのです。逆流性食道炎は胸やけ等の症状を生じる病気ですが、ほとんどは内服薬によって症状がすぐに改善します。ただ、長引くと食道腺がんが発生する場合もあり、定期的な内視鏡検査は欠かせません。
ピロリ菌は萎縮性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃がんの発症に大きく関わっています。ピロリ菌の関与しない胃がんは0.66%というデータもあります。ピロリ菌がいるから絶対に胃がんになるというわけではありませんが、胃がんの方はほとんどがピロリ菌に感染している事になります。50歳以上の日本人ではピロリ菌の感染率は60-90%であり、多くの人が治療対象となりますので、まずはピロリ菌の有無をチェックする事をお勧めします。ピロリ菌が存在していた場合でも1週間の内服療法により、多くの方が除菌に成功しますので、ご安心下さい。ストレスが原因となり、過敏性腸症候群という病気も年々患者数が増加しています。これは大腸にポリープや潰瘍がないにも関わらず、腹痛や下痢、便秘を繰り返す病気です。全国の中高生の18.6%が罹患しているというデータもあります。
腸内フローラは、勿論こういった消化器の病気と関連していますが、それだけではありません。これまで、栄養素の消化・吸収が消化管の主な役割であるとされてきましたが、それに加えて、消化管が全身の司令塔として機能し、全身の免疫、炎症、代謝応答に影響している事がわかってきたのです。具体的には、肥満、糖尿病、動脈硬化、皮膚アレルギー、がん等多くの疾患と腸内フローラの関連が、わかってきました。
腸内フローラの研究には、実験動物である無菌マウスが重要な役割を果たしました。無菌空間の中で、マウスの赤ちゃんを帝王切開で取り出せば「無菌マウス」が誕生し、完全滅菌したエサと水を与え、空気中の細菌が侵入できない環境で飼育します。このマウスに他のマウスの腸内フローラを移植するのです。具体的には腸内フローラを臓器のように考え、糞便移植を行います。 無菌マウスに、正常マウスと肥満マウスの糞便を移植すると、肥満マウスの糞便を移植されたマウスは劇的に体重が増え、体脂肪が47%も増加しました。これは腸内フローラの組成が、太りやすさに大きな影響を与えている事を示唆しています。糞便移植は人間でもその有用性が判明しており、偽膜性腸炎の患者の腸内に、健康な人の便を生理食塩水に溶かして、その液体を大腸内視鏡を使って撒くという方法が、劇的な治療効果を示しているのです。いずれは疾患に応じた腸内フローラを有した糞便移植が、スタンダードな治療法になるのかもしれません。
日々の食生活としては、食物繊維をしっかりと摂取する事によって、腸内の有用菌が増え、腸内フローラが改善する事が知られております。その他にも消化管から考える健康長寿の多くのヒントが本書には示されています。泣いている消化管にしっかりと目を向けてみませんか?