二回目の今回、取り上げさせて頂いたのは「悪医」です。前回は「激務に負けない名医の養生術」でしたから、エライ違いです。本書は第三回日本医療小説大賞受賞作でもありますから、書店でこのインパクトのある表紙を見かけた方も多いかと思います。久坂部羊先生の作品を初めて手に取ったのは、二作目の「破裂」でした。その単行本の帯にあった「医者は、三人殺して初めて、一人前になる」という衝撃的なフレーズは、今でも印象に残っています。
本書は、がん患者と医師の、心の対比と葛藤で話が進行していきます。今や日本人の二人に一人はがんにかかり、三人に一人はがんで亡くなりますから、がん治療は現在の医療がかかえる様々な問題を含んでいます。手術療法、抗がん剤治療、放射線治療、はたまた新しい治療法から、どのような治療を選択するのか、どのような病院で治療を受けるのか、入院なのか在宅なのか、最期はどのように迎えるのか、具体的に挙げればキリがありません。
本書の中で主人公のがん患者は、様々な医師と関わり合います。その中には良い医師も腹黒い医師もいます。それぞれに勧める治療法も異なり、考え方も異なり、彼は治療法と生き様の選択を繰り返しながら、余命は刻々とすり減っていきます。その一方でもう一人の主人公である若き医師は、日々の仕事に忙殺されながら、同じ過ちを繰り返すまいと葛藤を続けます。先輩医師の良き意見、悪しき意見の中で自分なりの答えを探し続けます。この小説で特筆すべきは、その臨場感にあります。がん患者の苦しみ、悩みが痛々しい程の描写で迫り、読んでいるこちらが辛くなる部分もある程です。それぞれの医師の考え方も、あーこんな医師いるなぁと思うところが多々ありました。現役医師でもある作者の経験が、本作の中で活きています。
自分が医学生時代に読んだ本である、キュブラー・ロスの「死の瞬間」には死にゆく過程の心の五段階が示されていました。
- 否認…自分が死ぬということは嘘ではないのかと疑う段階。
- 怒り…なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階。
- 取引…なんとか死なずにすむように取引をしようと試みる段階。
- 抑うつ…なにもできなくなる段階。
- 受容…最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階です。
全ての方がこのような経過を辿るというわけではありませんが、様々な患者を看取った自分の経験からも、納得できる部分が多くあります。主人公のがん患者も、このような過程を辿りながら、人生の価値を何とか見出そうとします。どのような選択が正しかったのか?患者と医師の気持の溝が埋まるのか否か?答えのない問題に両者は翻弄されます。しかし結局、医師は机上の勉強だけではなく、患者から学ぶ事の方が多いのです。
現在の医療問題を考える意味でも、是非読んで頂きたい一冊です。「悪医」という恐いタイトルではありますが、読んだ後は自分の人生に対して少しだけ優しくなれるかもしれません。