人生最後にこれを食べたい、どの店に行きたい。そんな話題を友人や家族と楽しく話した事は、誰にでもあるのではないでしょうか。ただこの本は、余命を宣告された末期のがん患者さん達の、本当に人生最後のご馳走を伝える内容となっています。
ホスピスという施設は皆さん、ご存知でしょうか?全米ホスピス協会の定義として、以下のように書かれています。「ホスピスとは、末期患者とその家族を家や入院体制のなかで、医学的に管理するとともに看護を主体とした継続的なプログラムをもって支えていこうとするものである。さまざまな職種の専門家で組まれたチームが、ホスピスの目的のために行動する。そのおもな役割は、末期ゆえに生じる症状(患者や家族の肉体的、精神的、社会的、宗教的、経済的な痛み)を軽減し、支え励ますことである」。
淀川キリスト教病院 ホスピス・こどもホスピス病院では、成人病棟の平均在院日数は約3週間。末期のがんで余命が2~3ヶ月以内と限られている方が主な入院の対象となっています。
この施設独自の取り組みが「リクエスト食」であり、週に1回患者さん一人ひとりが好きなメニューをリクエストできるのです。揚げたての天ぷら、ミディアムで焼いた脂の程よくのったサーロインステーキ、じゃがいもと人参の甘辛い味付けの煮物等々、それぞれの患者さんのリクエストは多岐に亘ります。管理栄養士、看護師、調理師、医師が密に連携して患者さんの状態を把握し、患者さんの希望を可能な限り叶える努力をすることによってのみ、この取り組みは成立するといえるでしょう。
本書に載せられた料理写真からも、食べる人に対する細やかな気配りが伝わってきます。外食好きな患者さんのお鮨は、下にバランをひいてお店で出される感じに仕上げてあり、歯が悪いことを気にする患者さんのお好み焼きは、挽いた豚肉と柔らかく茹でたキャベツを細かく刻んで作られています。しかも、超過した食材費は病院負担です。
なぜ、このホスピスはそこまでして、患者さんの食の要望に応えるのでしょうか?ホスピスの医師は、「ホスピスで患者さんのお世話をする人は、『私はあなたのことを大切に思っている』という思いをそれぞれの立場で伝える事が大事であり、その一つの表現方法がリクエスト食なのです。」と述べています。
人生の最後に、自分が誰かに大切に思われていると感じられる事がどれほど励みになるか、そして今までの人生において誰かに大切にされてきた事を振り返る事がどれほど生を価値あるものにするのか、日々の生活の中では気づきにくいこれらの事が、それぞれの患者さんへのインタビューから伝わってきます。患者さんが、最後のご馳走を選んだ理由や思い出を語っていますが、それは単に食事についてだけでなく、ご自身の人生をも振り返る内容となっています。著者は家族との思い出話の隠れた進行役として寄り添い、患者さんの生に小さな花を添えたのかもしれません。
自分は医学生の頃、コロラドのホスピスで1ヶ月ほど研修を受けていた時期があります。日々、末期がんやAIDSの患者さんの自宅を訪問してインタビューを行っていました。多くの患者さんが、残り少ない自分の時間を拙いインタビューに割いてくれました。自分の人生を誰かに伝えたいという思いが強く伝わってきました。翌朝のミーティングでは毎日のように、前日亡くなった方の名前が読み上げられます。生と死はひとつながりであり、人生の最後に人は自分の生きてきた意味を知りたいと願うのかもしれません。
さて皆さん、今宵は誰と何を食べるのでしょうか?
自分は久しぶりに、母親が仕事の合間に作ってくれたビーフシチューを食べたくなりました。